寒さだけでない
日本では、寒い冬の間にトイレの中で脳卒中をおこす人が少なくありません。一般の家庭では、居間は暖房で暖かくしてあっても、トイレまで暖めているところは少数です。
セントラルヒーティングのマンションでもないかぎり、トイレは冷えきっているものです。トイレで脳卒中をおこすのは、下半身を寒風にさらす結果、血圧が上がるからだと単純に考えている人が多いようですが、トイレと血圧との関係は、単に寒さだけではなく、もっと複雑なのです。
いきみ動作が危険
ここで、排便時のいきみ動作が血圧にどんな影響を与えるのか考えてみましょう。まず、いきみはじめると同時に、血圧が急激に上昇します。これは、いきみ動作で胸腔内圧が上昇するため、肺内の血液が、いっせいに左心房を経て左心室内へ押し込まれ、左心室内の血液量がいっぱいになるからです。
つまり肺は血液をいっぱい含んだスポンジのようなものですから、これを外圧でつぶすと、肺内の血液が一気に心臓へ送り込まれるわけです。そして左心室が収縮すると同時に大動脈へ押し出される血液量が多いために、これが、急激な血圧上昇に結びつくのです。
もし高齢者で大動脈の伸展性が低下している場合は、このときの血圧上昇はいっそう著しいものです。次に、いきみを続けていると、上昇した血圧はしだいに落ち着き、最大血圧と最小血圧との差( 脈庄)はかなり小さくなります。
これは、胸腔内圧がプラスになっているため、胸腔内へ静脈血が還流しにくくなり、したがって心臓内の血液量が少なくなってきますから、心臓が収縮しても、送り出される血液量も減るというためです。
ここでからだは、血圧低下を防止するために、反射的に末梢の血管を収縮させ、これ以上血圧が下がらないように歯止めをかけます。
ただ、高齢者では、この血管反射機能が鈍っているので、血圧低下の歯止めがうまくかからない場合があります。ところで、いきみを中止して息を大きく吸った直後は、血圧が突然下がります。これは、今まで胸腔内圧がプラスのために押しつぶされていた肺が急にふくらみ、静脈血を肺内にプールするため、左心室へ向かっての血流が、一瞬さらに減るためです。
末梢血管の収縮状態はしばらく続いたままですから、最大血圧も最小血圧も、いきみ前の状態より高めに維持されます。
この血圧上昇は、脈拍調節機構を興奮させ、脈拍数は減ります。ただ高齢者では、血管反射機能の低下のため、血圧の上昇程度は弱いものです。いずれにせよ、いきみ動作時の血圧変動は急激であるだけに、脳や心臓の事故をおこしかねません。
尿意の我慢は血圧を上昇させる
動物実験で尿道から生理的食塩水を押し込んで膀胱壁を緊張させると、血圧は急速に上がります。このように膀胱壁が伸展されると血圧が上がることを膀胱反射と呼んでいます。
ところが膀胱にたまる尿は、片側の腎臓から、1分間に1mlという割合で分泌されてくるので、自然状態では、膀胱が急激にふくらむことはありません。
つまり血圧がひどく上がる直前に、血圧調節機構の働きで末梢の血管が拡張し、これによって血圧上昇はごく軽度にとどまっているわけです。
ところで、膀胱をパンパンに張らしておいた状態で排尿すると、膀胱反射による血圧上昇機構は解除されるのに、血圧調節機構の働きでおこった末梢血管の拡張状態は、しばらく続いているために、排尿直後には急激な血圧低下をおこしやすくなっています。排尿中に武者ぶるいを覚える人がありますが、これは血圧低下を食い止める手段でもあるのです。
ときに排尿失神をおこす人もいるくらいです。この排尿による血圧低下は、男性に限ったことで、女性にはみられません。その1つの理由は、女性の排尿が、腰かけるか、かがみ姿勢であること、もう1一つは、女性は男性と違って、膀胱壁を張りつめるほどの尿をがまんすることができないためです。
この排尿時の血圧変動は、男性でも昼間はおこしにくいものです。昼間は、これほど極限まで尿をためることがないからです。冬、寒いトイレに起きるのが面倒くさいと思って、就床中に尿意をがまんし、ついにがまんしきれなくなった結果、トイレで事故をおこすというわけです。
危険を避けるトイレ対策
トイレで脳や心臓の事故をおこすのは、日本だけにしかみられません。これは、血圧の高い人にとって、排泄そのものが危険だという意味ではなく、排泄への工夫が足りないことを教えているのです。
尿意 を我慢して膀胱をい っぱ いにしておくと、血圧が上がります。この後、排尿すると、血圧が一気に下がります。この血圧の変動は、立ったまま放尿する男性に特に著しいものです。動脈硬化が進んでいる高齢者は、洋式トイレで腰かけて排尿したほうが安全です。
まず排便については、日本式のしゃがんでいきむというところに問題があります。しやがんだ姿勢では、いきみ動作で腹庄が大きくかかりますから、それだけ血圧の変動も大きいのですが、
洋式スタイルの腰かけ便器の場合には、これが防げます。つまり、腹庄をかけにくくすれば、いきみ動作のときの胸腔内圧増加が最小限度におさえられるので安全なのです。また、ふだんの食事の工夫などで、便がかたくなりすぎないように注意することもたいせつです。「脱・便秘」のための食物繊維の基本などが参考になります。
またトイレの保温が不可能であるかぎりは、寒い夜間のトイレ通いは避け、昼間の暖かいうちにすませておくよう、習慣づけるには、夕食後の飲水量を減らす工夫もありますが、いちばん悪いのは、寝室が冷えきっていたり、寝具が不適当のため、寝ているとき、からだが暖まらないで冷えてしまうことです。
からだを冷やすと、脳下垂体からの抗利尿ホルモンの分泌が減りますから、どうしても尿量がふえてしまいます。電気毛布などで就寝前に寝具を暖かくしておいたらいかがでしょうか。ただし就床時はスイッチを切るか、いちばん弱くするかしてください。こともたいせつです。寒い冬の時期の寝具などが参考になります。
夜間の排尿については、特に冬はシビンを用意して、寝室で用をたすようにするのが得策です。シビンも、むきだしにしないで、適当なカバーをかぶせるなり、ふたをつければ、けっして見ばえの悪いことはありません。